観音霊籤(通行版百籤)第 80 番

観音霊籤 第80番:劉知遠、軍に身を投じる

上々吉宮 未宮典故 劉知遠、軍に身を投じる

籤詩

中国語原文
直上高山去学仙,
岂知一旦帝王宣。
青天白日常明照,
志在声名四海传。
日本語訳

高い山に登り、仙道を学ぼうとした。

だが、ある日、帝王から呼び出されるとは思いもしなかった。

青空のもと、白日の光は常に照らす。

志は名声を求め、四海に伝わる。

日本語訳は MyFate.AI によるものです。正式な本文は中国語の原文です。

AI解説控えめに穏やかに暮らすつもりでも、突然、上役や目上の人から声がかかることがあります。公明正大に行動すれば、志を実現し、名声を広く知らしめられるでしょう。前へ進むのに大いに吉です。

典故の物語

劉知遠、軍に身を投じる — 典故の挿絵(中国語の題字入り)

劉知遠、軍に身を投じる

劉知遠は五代の後漢を開いた初代皇帝(漢高祖)である。若いころは身分が低く、家も貧しかった。沙陀の地に隠れ住み、田舎で馬を飼って暮らした時期もあり、功名を求める気はなかったが、性格は重厚で寡黙、心はまっすぐで明るかったという。人々に軽んじられ、落ちぶれていたころ、李家に婿入りしたとも伝えられる。数々の苦難にも志を失わず、やがて運が開けると、武勇を認められて軍に入り、後晋の高祖・石敬瑭に従って戦功を重ねた。次第に河東節度使へと昇進し、太原を拠点に強大な兵力を握った。契丹が南下して後晋を滅ぼし、中原に主がいなくなると、劉知遠は時勢に応じて太原で帝位につき、後漢を建て、さらに汴京に入って中原を統一した。山野に隠れ住んでいた身から一転して帝位に上り、清廉で公明正大な人柄によって名声を広く知られるようになった。この籤は、もとは淡々と暮らし、名利を求めていなかった人に、思いがけず大きな機会が訪れることを示す。心をまっすぐに保ち、時機をつかめば、名誉と利益をともに得て、一気に立身できる。上上籤であり、運気が盛んで前途が明るいことを示す。

典故の物語(別伝)別の伝本による典故です(参考)

郭令公、兜を脱いで会う — 典故の挿絵(中国語の題字入り)

郭令公、兜を脱いで会う

唐の反将・僕固懐恩が吐蕃と回鶻を扇動して三十万の連合軍を組ませ、中原へ侵攻させ、涇陽に迫った。守将の郭子儀が率いる精鋭は一万余りにすぎず、戦況は危機に瀕していた。ちょうど僕固懐恩が病死し、両軍は指揮を執る者を失って互いに疑い、東西の門に分かれて陣を敷いていた。郭子儀は安史の乱を平定した際、回鶻とともに戦ったことを思い出し、密かに使者を回鶻の陣営へ送り、旧交を語らせた。都督の薬葛羅は旧縁を懐かしんだが、郭令公本人が来なければ信じられないと言った。郭子儀は国のためなら生死を顧みないと述べ、兜もつけず、護衛も連れず、わずかな従者だけを伴って陣営に入った。薬葛羅は本当に老将の郭令公だと分かると大いに喜び、宴を設けた。郭子儀が吐蕃の「他国の力を利用して利益を得る」策略を明らかにすると、薬葛羅はその場で盟約を誓い、唐側に寝返った。変化を知った吐蕃は夜のうちに陣を引き、唐軍は回鶻と合流して追撃し、吐蕃軍十万を大破した。その後、国境では長年にわたり争いが絶えた。この上上籤は、青空や白日のように胸が晴れ、真心が強敵さえ動かすと説く。功名は自然と天下に広がる。

項目別のAI解説

仕事
突然抜擢されるか、遠方へ派遣されて重責を担う
金運
目上の人が大きな利益をもたらし、金運は好調
恋愛・結婚
天から授かった良縁。ふさわしい相手と自然に結ばれる
家庭
家は平穏で、福が増す
自身
運勢は大吉。明るく、災いがない
健康
受診後は回復が見込める。重い病気は専門家の診療を受ける
旅行
遠出の途中で目上の人に出会う
人探し
会えるが、遅れて手間がかかる
取引
希望どおりに順調に成立する
妊娠・出産
男児を授かる。妊娠中は少し苦労がある
訴訟
訴訟には最終的に勝てるが、粘り強く臨む必要がある
失せ物
なくした物は南の方角で見つかる
転居
転居は吉。前途は明るい

心を込めて尋ねてみてください。MyFate のワークベンチで、ご自身の手でこの籤を引くことができます。

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