観音霊籤 第97番:六たび祁山へ出兵
籤詩
庭園の月影がまばらな枝を揺らし、
地面いっぱいに玉を敷き詰めたかのよう。
子どもたちは幾度も拾い集めるが、
拾っても拾っても、実りはない。
日本語訳は MyFate.AI によるものです。正式な本文は中国語の原文です。
AI解説目の前の好機は月光の幻のよう。何度動き回っても実質的な成果は得にくい。無益な計画を重ねず、むやみに動くのは控えること。
典故の物語

六たび祁山へ出兵
「祁山への六度の出兵」とは、三国時代、蜀漢の丞相・諸葛亮が曹魏への北伐に苦心したことを指す。先主・劉備が遺した漢王朝復興の願いを果たすため、諸葛亮は身を粉にして尽くし、幾度も軍を率いて祁山を出て中原へ攻め入った。しかし蜀の道は険しく、兵糧の輸送も途絶えがちだった。さらに強敵の司馬懿は堅く守って戦いを避け、国力にも大きな差があった。幾度もの北伐で苦心して策を練り、奇策も重ねたが、ついに功を成し遂げることはできなかった。諸葛亮は過労で病に倒れ、五丈原の陣中で没し、志を遂げられなかった。人事を尽くしても、最後は天命に委ねるほかなく、力を尽くしても願いがかなわない悲しみを象徴する故事である。この故事が籤に現れたのは下下の兆し。目の前の願い事は、好機が見えていても、何度も計画を練り、力を尽くしても、水面の月をすくうように、鏡の中の花を探すように、手に入ったと思ったものが結局何も得られないことを示す。時を見極め、自分の分を守るべきで、無理に求めて軽率に動くのは避けたい。徒労に終わり、心身をすり減らすことのないように。
典故の物語(別伝)別の伝本による典故です(参考)

鄧通、銅山で銭を鋳る
漢の文帝の時代、船乗り出身の黄頭郎・鄧通は、文帝の夢に現れた兆しと符合したことから、たちまち寵愛を受けて出世した。文帝は高名な人相見を呼び、鄧通の顔を見させた。人相見は、彼に確かに貴人の相がある一方で、悲惨な末路も見抜き、将来は飢えて死ぬと断じた。文帝は信じず、蜀郡の厳道にある銅山を鄧通に与え、自ら銭を鋳造することを許した。こうして鄧氏の銭は天下に流通し、その富は天子にも劣らぬほどになった。鄧通はまた、文帝にひたすらへつらった。文帝にできものができて膿が出ると、身をかがめて一つ一つ吸い出した。文帝が「天下で最も朕を愛する者は誰か」と尋ねると、「太子です」と答えたため、太子はその場で面目を失い、以後、鄧通を恨むようになった。文帝が亡くなると太子が即位し、鄧通はついに財産を没収され、人相見の言葉どおり飢えて亡くなった。この籤は下下。月の下に玉のようなものが地面いっぱいに見えても、子どもたちが何度拾い集めたところで、最後にはすべて空しく終わる。富貴を人の寵愛に頼れば、栄華の頂点から必ず衰える。寵愛を頼みに利を貪らず、手元に何も残らない事態を避けること。
項目別のAI解説
- 仕事
- 何度計画しても実現は難しい。月をすくい、鏡の花を探すようなもの。むやみに動くのは控えること
- 金運
- 財が月の光のように地面に映っていても、実体はなく、手に入るものは乏しい
- 恋愛・結婚
- 気持ちが何度も揺れ動き、長続きしにくい。最後は鏡花水月のように消えてしまう
- 家庭
- 家の中が落ち着かない。祈りを重ねて災いを鎮めるとよい。むやみに事を繰り返すのは避けること
- 自身
- 何事も水面の月をすくうよう。慎重に静かに過ごし、徒労を避けること
- 健康
- 陰の症に侵され、長引いて治りにくい。安静にし、祈りを捧げて平穏を願うこと
- 旅行
- 旅先の人から音沙汰がなく、出かけても収穫は望みにくい
- 人探し
- その人の足取りはまったくつかめず、あちこち探しても徒労に終わる
- 取引
- 取引は慎重に。成立しそうに見えても、実利は得にくい
- 妊娠・出産
- 妊娠中は思わぬ不安が多い。安胎を願って祈り、母子の無事を願うこと
- 訴訟
- 訴訟では損をして苦労し、徒労に終わりやすい。早めに決着をつけるとよい
- 失せ物
- 失くした物は戻らない。水面の月をすくうように、探しても空しく終わる
- 転居
- 住まいを変えてはならない。軽率な転居は、無益な騒ぎを増やす
心を込めて尋ねてみてください。MyFate のワークベンチで、ご自身の手でこの籤を引くことができます。
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