別称: Rabbit Branch
卯(う)とは、十二支の4番目で、動物は兎、四柱推命では陰の木とされる。
卯は陰の木であり、蔵干は乙のみ——柔らかく生じる、純粋な木である。朝の兎であり、春分の月であり、正東にあたる。卯は温雅、敏感、清らかな美しさ、そして時を得て花ひらく社交性を主る。卯を日主とする人は、芸術の眼を持ち、優しく、人との間の調和を取るのに長けることが多い。
卯は亥・未と三合して木に化し(亥卯未)、戌と六合して火に化す(卯戌合火)。酉とは相沖し(卯酉沖)、子とは相刑し(子卯刑——古くは「無礼の刑」と称する)、辰とは相害する。
子・午・卯・酉は、伝統的な方位論のなかで自ずと一組をなし、四正と呼ばれる。後天八卦の坎・離・震・兌と、東・西・南・北の四つの正方位に対応するものである。卯は正東にあり、日の出る門である。酉は正西にあり、日の入る門である。卯酉の一線はそれゆえ昼と夜の分界とみなされ、子午の南北の軸と直角に交わって、十二支の盤面全体を支える十字の骨格をなす。卯を理解するには、まずそれが十二の枠のうちのどれか一つではなく、この骨格の上の一つの端点であることを知らねばならない。
卯の月は啓蟄に始まり、清明の前に終わる。その中気が春分である。七十二候は春分の候を玄鳥至る・雷乃ち声を発すと記し、春分という名そのものが昼と夜の均しく分かたれる意を取っている。これらを合わせれば、そのまま卯の性格になる。始まりではなく(それは寅である)、収めることでもなく(それは辰である)、均衡点の上での全面的な伸びやかさである。命理が卯を乙の木の帝旺の地と定めるのは、まさにこの気候の象を取ったものである——このときの木はもはや生き延びることを争う必要がなく、ただ思うままに伸びればよいのだ。
卯にはもう一つ、見落とされやすい顔がある——甲の木の羊刃である。五行の十二運(寄生十二宮)において、甲の木は卯で帝旺となり、陽干の帝旺の地を神煞では羊刃と呼ぶ。甲を日主とする人が卯を見れば、古法はこれを身強・気盛んにして鋭さが外に現れるものと断じ、官殺がこれを制することを喜び、さらに生扶に逢うことを忌む。同じ一つの卯でも、乙を日主とする人にとっては禄(臨官)であり、甲を日主とする人にとっては刃であって、用いかたも吉凶の判断もまったく異なる。卯を見たら、まず日主が誰かを問い、次にそれが禄なのか刃なのかを問うべきである。
卯を読むときに最も狂いやすいのは、柔らかさを弱さと取り違える点である。乙の木は性が柔らかいが、卯こそその乙の木が最も旺ずる位置であり、柔らかいのは形であって力ではない。古人が藤蔓の樹に纏いつく姿で乙の木を喩えたのは、柔をもって剛を制するという意を取ってのことだ。もう一つの狂いは、卯酉の沖を見ればただちに情愛の破れと断ずることである。卯酉の沖は東と西、二つの正位の衝突であり、変動を主り、争いごとを主り、立場の引き裂かれを主る。それがどの事柄の上に落ちるかは、それが在る宮位と通変星(十神)によって見なければならない。婚姻はありうる落点の一つであって、唯一ではない。
四正の支は神煞のなかでは四桃花、あるいは咸池とも呼ばれ、その起例は三合の局による。寅午戌の桃花は卯にあり、申子辰は酉にあり、巳酉丑は午にあり、亥卯未は子にある。したがって卯は寅・午・戌の年、すなわち虎・馬・犬の年に生まれた人の桃花の位であって、誰であれ卯を見れば桃花になるわけではない——これは最も取り違えられやすい一条である。伝統における桃花の読みも情愛に限られてはおらず、より広く、人目を引くこと、表に立って見せることに長けること、縁によって助けを得やすいという側面を指している。
卯をめぐるいくつかの関係については、各家の読みが揃っていない。子と卯は合も沖もないまま刑と称され、それが成り立つ道理には古来いくつもの説明があり、この刑は作用が軽く、重く断ずるべきではないと主張する立場もある。卯辰の相害は六害のなかでは比較的遅く現れた一組で、早い時期の文献には論述が多くない。卯と戌が合して火に化すかどうかも、同じく月令と、それを引き出す干があるかどうかを見なければならず、化さないときはただ互いに引き合うと論ずるにとどまる。こうした箇所に行き当たったときは、伝承に違いがあることをありのままに述べるほうが、単一の公式を強いて当てはめるよりも確かである。
卯の刻は早朝の五時から七時まで、日の出前後の時間帯です。月令としての卯は二十四節気による暦の二月で、啓蟄に始まり清明の前に終わり、その中気が春分です。二つの対応はいずれも、光が到り、万物が伸びひらくという象を共有しており、卯が正東に配される由来もここにあります。ただし春分は卯の月と同じものではありません。それは卯の月のなかに落ちる中気であり、おおよそこの月の半ばにあたります。八字(四柱推命)が月柱を換えるのは節を境としてであり、つまり啓蟄で月を換えるのであって、春分で換えるのではありません。
寅は初春の陽の木で、寒さがまだ退かないうちに勢いが上り、木のなかに火と土も蔵しています。卯は仲春の陰の木で、蔵干は乙のみですから、より純粋でより集中していますが、それ自体は暖かさを帯びません。寅は開拓と拡張のほうに偏り、卯は生長・修飾・成形のほうに偏ります。暖かさを必要とする命式は寅を取り、純粋な木を必要とする命式は卯を取ります。
人によります。桃花は年支または日支の属する三合の局から求めますので、卯は寅午戌の一組の桃花、すなわち虎・馬・犬の年に生まれた人のものです。ほかの組の桃花は別の位置に落ちます。伝統における桃花の定めかたも比較的広く、人目を引くこと、表に立って見せることに長けること、人の縁による助けを得やすいことを指しており、情愛の一面にとどまりません。
卯は正東の陰の木、酉は正西の陰の金ですから、一たび沖すれば、生じ発する向きが粛殺の向きと相対することになり、一般には金が木を制する勢いと見ます。古法はこれを、落ち着かないこと、繰り返し揺れること、立場が引き裂かれることとして読むことが多く、何か一つの定まった出来事としては読みません。どの範囲に応じるかは、二つの支がそれぞれどの柱に落ちているか、日主に対してどのような役割を担っているかによって決まります。