← 用語集

戊土(ぼど)

繁: 戊土简: 戊土Wù Tǔ· 八字四柱(四柱推命)

別称: Yang Earth · Mountain Earth

戊土(ぼど)とは、十干の5番目で、五行では陽の土にあたる。

十干の第五、陽の土。古くは城壁や高山に喩えられ、重厚さと守成、防御の強さを主とする。

戊は陽の土であり、古くは「城壁の土」と称された。堅固な城塁であり、堤防であり、都邑の磐石である。戊を日主とする命は重厚で保守的、信頼に足り、怒りやすくもなく動じやすくもない——ただし一度立場が定まれば動かしがたい。生まれながらに家族を守り、長く続く制度を担う位置に立つ。

戊は癸と合し、「戊癸合して火に化す」とされる——巍然たる山が柔らかな露に遇って遠き火を生むという象であり、晩成の智慧と釈されることが多い。戊は木の多きを忌み(林が磐石を裂く)、適度の水を喜ぶ(河谷の沃土)。

戊は禄を巳に、刃を午に置き、長生は寅にあって丙火と同宮する。これは土が火に随って生じるという古い説に依るものである。通根する地支は辰・戌・丑・未と巳・午である。戊を日主とする命を判ずるには、まず月令が四季の土月か火の月かを見、次に地支の土の根を数え、最後に天干に甲木があって土を疏すか、壬癸があって土を潤すかを見る。この順序をひとたび取り違えると、最もありふれた誤判が出てくる——土が多ければ身強だと思い込むことである。天干に戊が三つ並んでも地支が亥・卯・未ばかりであれば、木が旺じて土は虚となり、これは身弱であって身強ではない。逆に地支に辰・戌・丑・未が揃っていて透る戊が一つだけなら、はじめて土が厚いと論じられる。用神の取り方はおおむねこうなる——春の戊は丙火で身を暖めることを喜び、木が旺じ過ぎるのを忌む。夏の戊は乾いて裂けるので、まず水を求める。秋の戊は金に気を洩らすため、火の生扶が宜しい。冬の戊は冷えて凍るので、火がなければ解けない。

『滴天髄』は戊土を論ずるにあたり、「固重」「既中且正」の語でその体を形容し、また「静翕動闢」の語でその用を言い表す。静かなときは閉じ合わさり、動くときは開き張るというのであり、それゆえ万物の司命であると言う。続いて水は物を潤して生じさせ、火は物を乾かして病ませると説く——土は水を得なければ物を生じ養うことができず、また火を得れば乾いて裂けずにはいない。この二句を合わせたものが、後世に土は湿潤にして中を得るべしと説く際の出処であり、先に述べた適度の水を喜ぶというのも、この程合いを言い換えたものにほかならない。末句が艮坤の位に居れば沖を嫌い静を宜しとすると述べるのは、まさに辰・戌・丑・未のような土の地支どうしが相沖する場合を指している。

戊土をめぐる見解の分かれ目は主に三つある。第一は辰・戌・丑・未が相沖する場合の読み方である。一派は土の沖を開庫と見て、庫中の蔵干が天干に透って用と成り得ると考え、それがまさに喜神・用神であれば事を成しうると論ずる。もう一派は、沖すれば根が動いて土気はかえって傷み、日主はかえって依るところを失うと見る。両説は今なお並び立っており、実務では沖によって出てきた蔵干がこの命式にとって喜か忌かを見ることが多い。第二は、戊の長生を寅に寄せて丙と同宮させる根拠である。火土同源という説そのものに疑問を呈する者は古くからいる。第三は土の旺季で、土は四季の月にそれぞれ十八日ずつ旺ずるという説と、別に長夏を立てて土の専令とする説があり、用神を取る際の起算の境界がそのために異なってくる。

戊は茂と同源であり、漢代に十干の名を解いた一派は戊を豊茂の意で釈した。『漢書』律暦志は「戊に豊楙す」と解し、草木の繁茂が極点に達する段階を指すとする。これは城壁や高山という比喩よりも古く、十干が本来は時の流れを刻む目盛りであったという原義にも近い。『礼記』月令や『淮南子』天文訓の系統の文献は戊己を中央と土徳に繋げており、戊が土に帰せられる文献上の根拠はここにある。京房納甲には別の体系がある——坎の卦が戊を納め、陽の土が水の卦の下に掛かるのであって、体系が異なればそれぞれに理路があることが見て取れる。付言すると、古人が戊を固重と言うのは作用の仕方、すなわち荷を支え、防ぎ守ることを言っているのであって、体型や反応の速さを述べているわけではない。

戊と己の違いは厚薄にあるのではなく、体と用にある。戊は高地の堤防であって、遮ることと支えることを主る。己は田園の土であって、載せることと養うことを主る。両者は八字(四柱推命)における用神の取り方がしばしば正反対で、戊は水が溢れて堤を破ることを嫌うのに対し、己はむしろ水を得て田を潤すことを必要とする。辰は戊・乙・癸を蔵し、戌は戊・辛・丁を蔵する。同じく戊の根でありながら蔵干が異なるため、用神に取ったときの働きにも違いが出る。癸は戊に対して正財(十神の一つ。日本の四柱推命では通変星と呼ばれる)であると同時に合神でもあり、この二重の関係はもっとも見落とされやすい。また戊癸が合して火に化すことにも同じく条件があって、一般には月令が火に属し、化神が当令して力があり、争合や破壊のないことが求められる。合を見たことがそのまま化を意味するわけではない。

よくある質問

戊土の日主とはどういう意味ですか?

日柱の天干が戊であるもの、すなわち俗にいう戊土の命で、陽の土に属します。伝統では高山や堤防を象とし、荷を支えること、防ぎ守ること、安定していることといった作用の仕方と結びつけて語られることが多いものです。これは伝統がこの一字をどう読んできたかを述べているのであって、個人についての断言ではありません。実際に命式を見る際には、戊がどの月に生まれたか、地支に辰・戌・丑・未・巳・午が根としてあるか、そして木が土を疏し水が土を潤す配置が適切かどうかを、なお確かめる必要があります。

戊土の日主について、なぜ木で疏し水で潤す必要があるとよく言われるのですか?

この二句は『滴天髄』の、水は物を潤して生じさせ火は物を乾かして病ませるという読み方に由来します。土が厚くて木がなければ固く締まって何も生ぜず、水がなければ乾いて裂けます。ですから伝統では戊土を見るとき、まず甲木があって土を疏すか、壬癸があって土を潤すかを問います。ただし木も水もいずれも程合いが問われるもので、木が旺じ過ぎればかえって日主を剋します——先に戊は木の多きを忌むと述べたのは、まさにこの意味です。水が多過ぎれば堤を破り、戊はかえってその害を受けます。その程合いがどこに落ちるかは、この命式の土がもともとどれだけ厚いかを先に見なければ決まりません。

八字に土が多ければ身強ということですか?

そうとは限りません。身強身弱を判ずる順序は、まず月令が時を得ているかを見、次に地支の通根を見て、最後にようやく天干を数えるというものです。天干に戊が三つあっても地支が亥・卯・未ばかりであれば、木が旺じて土を剋するので、これはなお身弱に属します。逆に地支に辰・戌・丑・未が揃い、透る戊が一つだけであれば、土気はきわめて厚くなります。天干の数だけを数えて地支を見ないのが、もっとも誤りやすいやり方です。

戊癸が合して火に化すには、どのような条件が必要ですか?

伝統は合と化を分けて扱います。戊と癸が相合するのは関係が成り立つことであり、合して火に化すにはさらに別の条件が要ります。一般には月令が火に属し、化神が当令して力があり、ほかの天干が剋破したり合を争ったりしないことが求められます。条件が足りないときは合して化せずと論ずることが多く、両干は互いに牽制して各自の作用が制限されますが、火に変わったわけではありません。条件の寛厳をどこまで求めるかは各家で一致していませんので、この点は判断を述べる際に明らかにしておくのがよいでしょう。